Blog 5:いやだったこと
高校の時、「Cranbrooks Kingswood」という私立学校に行きました。なぜその大学が有名なのかには一つ理由があります。寒いな冬になる時、ニ年生たちは大事で大きいキャンプ旅行に行かなくてはいけません。そのキャンプは二週間でした。
私はキャンプが好きだけど、これは普通のキャンプではなかった。そう。🔥地獄だった。🔥
ルールは厳しかった。
まず、学生全員を5人ずつのグループに分けました。そして、2人の教授が各グループを率いました。
そして、山に行く前に、二週間分の服、たべもの、とキャンピング道具を持って行かなくては
いけません。
それとも、死ねます。でも、それが本当に迷惑でした。
本当に。ああああ。色々なものを持っているから、カバンが重すぎでした。
私のカバンは60lbs から100lbs でした。
(まるで私の父をおんぶしてるような気分でした。)
一番最悪だったのは、2週間携帯電話が使えなかったことです。このルールだから、多くの人が死にました。RIP.
一つ目:早朝に私のグループが森に行きました。はじめの日はすごく難しかった。なぜなら、3miを歩くなくってはいけませんでした。その遠さはあまり遠いかも見えませんが、でも、100 lbsカバン 持って歩くのはすごく疲れるんです。
チェックポイントに着いたら、安心でした。でも、すぎた後、築けました:テントがありませんでした。その代わりに、これを使ってほんとにちいさくて弱いテントで寝ました。
その夜、さむいので、よく眠れませんでした。そして、家に帰りたかったんです
二つ目:惨めな気持ちで目が覚めた。そして、みんながトイレが使って欲しかったんですけど、私たちもう一度築きました:トイレがない。
その代わりに、うんこがしたいなら、地にあなを掘りて、あなにうんこします。
チョイスがありませんでした。私がうんこしたら、ハエが集まってきました。いいうんこではありませんでした。でも、もう一度築きました。トイレットペーパーがなかったんです。ですから、この葉を使ってお尻を洗いました。
でも、葉が弱くて、やぶれやすかったんです。葉がやぶれるとき、指にうんこがついてしまいました。(これを書いて覚えながら、涙が出ます。)
3-5日:もっと歩きました。5mi歩いた日もあったし、7mi歩いた日もありました。そして、少しずつ、山の上に登っていきました。山を登るほど寒くなりました。
でも、3日目から5日目まで、キャンピングのついて、たくさん学びました。
1)キャンピングするとき、色々な食べ物を持ってきってはありませんでした。なぜなら、ほとんどの食べ物は傷みやすく、温かい食事はクマを引き寄せることがあります。でも、このルールだから、あまりおいしくない食べ物だけ食べました。2週間、これしか食べませんでした。
2)沃素を使って、川の水を清めて飲みました。こんな感じで水が黄色くなってきました:
8-9日:もっと歩きました。
10日:崖の上でうんこをしていると、子豚が襲いかかってきました。崖から飛び降りるしかないと思いました。幸いなことに、子豚は私に興味を失いました。
その日、私の人生が目の前に浮かび上がりました。。。うんこをしたとき。11日:深い川をわたるながら、私の教授は川に落ちてヨウ素をすべて失いました。本当に大変でした。なぜなら、ヨウ素がないなら、水が飲めないからです。でも、私はヨウ素が少しあったから、最後の日まで、いき続けました。
12日:教授はガソリンと食料を同じ袋に入れました。そしてガソリンが食べ物のほとんどにこぼれてしまいました。食べ物は不味かったのであまり気にしませんでしたが、その後3日間飢えていました。
13日:一番寒い日でした。そして、8mi歩きました。歩きすぎて、たくさんあせをかきました。あせをかきすぎて、私の服のなかで、あせが氷になりました。ですから、午前3時
で、私は起きました。とても震えて眠れませんでした。体温を上げるために、午前3時から午前6時まで一人で山を歩き回りました。
14日:バスが8AMに着いて、みんなバスに乗って祝いました。でも、私だけ、寝ました。なぜなら、そのまえに、低体温症で死なないためにたくさん歩きました。夢の中で、ベッド、トイレ、電話、ヒーターのある家に帰ることを想像しました。
二週間で色々あったけど、いい経験だと思います。ははは、うそです。その地獄のせいで、今PTSDになっています。そして2年間悪夢を見ました。もう二度とキャンプには行きません。
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